著作権とは、複製権や上演権、譲渡権など様々な権利の集合体です。そして、複製権とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することを指します(著作権法2条1項15号) 。
今回の事案では、自炊代行業者による自炊代行が、著作権法30条で定められている「私的使用のための複製」と言えるのかどうかが争点です。もし、自炊代行が「私的使用のための複製」に該当しなければ、著作権者に対する著作権侵害として、「侵害の停止」(同法112条1項)すなわちスキャンの差止めが認められることとなります。
本件における原告団の請求の成否は、インターネット上で積極・消極いずれの方面からも評価がなされています。最終的には裁判所の判断を待つよりほかないですが、まずは双方(積極・消極)の主張を見てみましょう。
著作権侵害成立論(積極派)
- 著作権法が認める(想定する)私的複製の範囲を超えている
- 「使用する者が」(著作権法30条1項本文)の文言に反する
- 違法コピーが出回ることで、売れ行きが低下する
著作権侵害不成立論(消極派)
- 所有者がコピーすることと同じなのだから、私的複製に違いない
- あくまでも「代行」なのであるから、「使用する者が」の文言に反しない
- 電子書籍が少ないから自炊せざるを得ない
主な主張はこのようなところではないでしょうか。
このうち、法律的に考えなければならないのは双方とも1と2の主張です。3は自炊代行自体が引き起こすものではないですし、自炊代行を肯定する論拠にもなりません。したがって、無視すべきです。そうすると、結局は「代行業者を介した自炊行為が私的複製と評価できるか」という点に絞られます。
そこで、いくつか事例を挙げてみます。
あなたは一冊の本を買いました。その後、その本を読み終わったので・・・
著作物を利用して、第三者が業として収益を上げること自体を批判する人もいます。しかし、厳密には代行者は著作物から収益を上げているのではなく、裁断・コピーという一連の労働に対する対価を得ているのです。
- その本を他人に売った。
- 好きな部分をコピーして、その本を他人に売った。
- 好きな部分を他人にコピーさせて、その本を他人に売った。
- その本を裁断してコピーして、裁断した本を捨てた。
- その本を裁断してコピーして、裁断した本をそのまま他人に売った
- その本を(あなただけのために)他人に (あなたの家で) 裁断・コピーしてもらって、裁断した本を捨てた
- その本を(あなただけのために)他人に (あなたの家で) 裁断・コピーしてもらって 、 裁断した本をそのまま他人に売った
- その本を(あなただけのために)他人に (他人の家で) 裁断・コピーしてもらって、裁断した本を捨てた
- その本を(あなただけのために)他人に (他人の家で) 裁断・コピーしてもらって 、 裁断した本をそのまま他人に売った
同じような行為を類型的に分けてみました。「コピーの有無」「裁断の有無」「裁断・コピーの場所」「裁断・コピーの主体」「処分の仕方(売却・廃棄)」などの点で分けられると思います。このほかにも「他人の性質(家族・友人・他人・業者)」も要素になるかもしれません。
ただ、結局のところ「あなたは本のデータを手に入れたし、他人は手に入れていない」という結論に変わりはありません(「売っただけ」は除く。)。
今回の事案で問題とされているのは、「他人にコピーさせる」点でしょう。裁断は関係ない。
もし、自分がコピーする分には著作権法上問題がないとすれば、他人にその作業を任せても良いと考えるのが素直です。なぜならば、複製権は著作権者の預かり知らぬところで著作物が増殖し流通してしまうことを防ぐのが目的だからです。ましてや、コピー機の使い方が分からない人がいます。だから家族のみならず、近所の友人や家政婦のミタさんに作業をお願いしたい人はたくさんいるはずでしょうし、彼(女)らは承知致してくれるでしょう。
おそらく、ほとんどの人は家政婦のミタさんが自炊を代行することを良しとするのではないでしょうか。「なぜなら家政婦だから」ってのはナシです(笑) でも「家政婦は家人の手足だから」というものはそれなりに説得力があるかもしれません。では手足である他人が行えば?
本来、ここで議論されなければならないのは、著作物が勝手に複製され第三者の手元に届いてしまうことを防止する策です。著作権者が正当な利益を上げられるようにすることが、執筆活動に安心して専念できる社会ですが、自炊代行がその著作権者の正当な執筆稼働を妨げると言うのは、少々論理の飛躍があるように思えて仕方ありません。自炊代行が介在することで違法コピーが出回ってしまうという因果関係を肯定することはできないでしょう。
少々ずれてしまいますが、マイナスの影響が生じる可能性があるので、プラスの効果が多くあっても根こそぎ禁止しようというムーヴメントは避けなければならないように思います。他方で、モラルハザードが生じて違法コピーを平気で流通させる人間もいます。その事実も無視できません。
最終的には、法律論というよりも素朴な感情論に終わってしまいましたが、今後の動向に注目していきたいと思います。是非とも発展的な経過を望んでます。